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【夏の夜の話】です。およそ6000字です。

クラマホとマホロアが特別な関係になるお話です。
なお、このブログは年齢制限を設けておりませんので、そのあたりご了承いただければと。

苦手な方はこの記事を開かないままにした方が良いかもしれません。閲覧は自己責任でお願いします。
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 水のボトルとコップ、タオルに水枕。看病道具一式をそろえるのもずいぶん手際が良くなった。ポップスターに暮らすようになってから、マホロアは時折風邪のような症状を訴えていた。そんなに長引く風邪ではないのだけれど、少なくとも一日は熱を出して寝込んでしまう。風邪は、回数ごとに悪化する様子も無し、周期がある様子も無し。住環境が変わったことで、体の小さいマホロアの方がボクよりも大きく影響を受けたというところか。ボクも体調は崩すことがあるけれど、寝込むところまではあまりいかない。だから、ボクはマホロアが風邪を引く度に甲斐甲斐しくも看病をしている。同居人の務めという理由もあるけれど、普段から生活態度について口うるさいマホロアが赤い顔してしおらしくしている様子というのもなかなかいい眺めなわけで……いやいや、そんな状態で放っておくほどボクは冷血ではない。それにマホロアがいないとまともな食事ができない。因みに今日は、既に日はすっかり暮れてしまったのだけれど、昼ごろに適当なパンを食べて以来、飯にありつけていない。それはそれとして。
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けれども今回は、ただの風邪とは少し様子が違う。
 
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 香りの強いものでも食べたのかと尋ねる前に、ドロシアが中に茶葉の入った小さな瓶を取り出した。ドロシアは、瓶の中身はあるハーブティーの茶葉なのだと言った。
このハーブティーを飲んでから、マホロアの調子が悪くなったのだという。ポップスターではよく飲まれている種類のもので、特別珍しい訳ではないらしいが、もしかしたら不調に関係があるのかもしれないと思って持ってきたのだそうだ。ボクはお礼を言うと二人に別れを告げ、マホロアを部屋に連れて行った。

マホロアを抱えて彼の部屋に入ると、マホロアは自分でベッドまで潜り込んでしまった。自分で動けるなら先に看病道具をそろえてこようかと部屋の入り口で考えていると、マホロアに呼ばれた。見ると、夏向きのブランケットから頭半分だけ出して、マホロアはボクを見ていた。
「ドウシタノ、マホロア」
 傍に寄って顔を覗き込む。マホロアは困ったようなどこか迷っているような顔をして、結局何も言わずボクの反対側の壁を向き直ってしまった。ボクは不思議に思いながらも、心配することは無いよというつもりで、ブランケットから出ていたマホロアの後ろ頭を手で撫でた。そのときは本当に(・・・)他意は無かったのだけれど、マホロアはやたらと驚いたらしく、びくりと体を震わせて小さく悲鳴を上げた。
「な、何するノ、急ニ」
「驚かせるツモリは全く無かったんダヨ、ゴメン。そんなにビックリするとは思っテなかったカラ」
 マホロアはブランケットの中からボクを睨んで、それから少し寂しそうな顔をした。
「……アノ、ネ、クラマホ」
「ハイ」
 小さく、呟くようにマホロアはボクを呼んだ。いつになく勢いのない声にボクは思わず姿勢を正してしまう。いつもの風邪ならたとえ寝込んでもここまでしおらしくはならない。どうもボクが思っているよりも重症らしい、と注意深くマホロアを見る。
マホロアは相変わらず、迷っているような、不安そうな表情をしていた。赤い顔をしたまま、もぞもぞとブランケットの端を握りしめている。
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「ホント?」
「……」
結局その後、マホロアは押し黙ってしまった。この膠着状態は中々解けそうにない。そう思ってベッドから離れようとすると、ローブの端が何かに引っ張られた。見ると、マホロアの小さな手がローブの裾を握っていた。水とかを持ってくるだけですぐに戻ると伝えると、マホロアはブランケットの下で小さくうなずいた。

 そんなわけで今、ボクはリビングに居る。キッチンに近い一室を拡張して広い空間にしたところに、家財道具を運び込んだ。ローテーブルの上には看病道具一式と、ティーポットとマグカップ、小さめの試験管が置いてある。ティーポットは、先日友人から貰った、もとい押し付けられたものだ。
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頃合を見てハーブティーをカップと試験管に注ぐ。淹れたてのハーブティーから湯気が立ち上る。琥珀のような艶のある蜜色のハーブティーから、濃い甘さの不思議な薬草の香りが広がる。
そういえば、ずいぶん前になるけれど、これとよく似た香りを嗅いだことがある。正直、あの頃のことはあまり思い出したくない。ただ、当時の経験と今回のマホロアの反応からして、この系統の香りの効果についてはなんとなく予想がついていた。それでも万に一つのことがあるといけないから、ボクはローアの分析機能に尋ねることにした。
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『了解しました。対象はその試験管でしょうか』
「ソウ。ハーブティーなんだケド。分析できたら、似た性質の成分もリストアップして欲シイんダ。液体ダケじゃナクテ、気体の方もヨロシクネ。今そっちに送るカラ、準備出来タラ言っテ」
 ローアはかしこまりましたと言って一度通信を切断する。程無くして、準備を終えたローアからの連絡を受け、ボクは転送魔法でローアの分析装置に試験管を送る。ローアの分析を待ちながら、ボクはカップに注いだハーブティーを改めて見る。
 ローアはさすが優秀で、分析結果はすぐに知らされた。ボクの予想は当たっていた。
「揮発性の媚薬成分、カァ」
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 当初の予定(・・・・・)を少し変更しなければいけないが、上手くいけば幾つかの懸案事項をクリアできる。そういう意味では、運がいいととらえるべきか。少なくとも、不運ではない。
「しかし、よりによってボク相手ニ、我慢しなくテモいいのにネェ」
マホロアには、甘え方を教えてあげないといけないらしい。ため息を吐いて、ボクはハーブティーを一口啜った。
 独特な香りの食前茶は熱い塊となって喉を滑り落ちていく。


 ノックをして、ボクはマホロアの部屋に入る。体裁だけ整えてきた看病道具を床に置き、水のボトルとコップ、それから例のマグカップをベッドのそばの机に置く。大丈夫かいと声をかけて、水を注いだグラスをマホロアに手渡した。マホロアは水を飲み干すと、疲れ切った顔で大きくため息を吐いた。
「気分はドウ? 少シハ楽ニなったカイ?」
「……ソンナに、さっきまでと変わらナイヨ」
 マホロアの返答に相槌を打ちながら、それはそうだろうと思う。薬草の成分が全て分解されない限り、媚薬の効果は継続するのだから。
 二杯目の水を注ぎながら、ボクはもう少しマホロアの様子を見ていようかと思いつく。魔が差したといえばその通りだけれど、マホロアの不調の原因は分かっているのだから、少し焦らしてみたところで問題は起きないだろう。マホロアが水を飲み終えるのを待ってから、ボクはおもむろに手を伸ばしてマホロアの頭を撫でた。マホロアは少し驚いた顔をしたけれど、手を動かすと心地よさそうに目を細める。優しく撫で続けると、マホロアは右頬をボクの掌にすり寄せてくるようになった。やはり可愛がってもらいたいらしい、とボクはこっそり微笑んだ。
「今日は随分甘えんぼうサンなんだネェ?」
「!」
 ボクがクククと喉の奥で笑うと、マホロアは赤い顔を一層紅潮させてボクの手から離れようとする。当然それも予想していたボクは、空けておいた左手でマホロアを抑え、両手を使ってマホロアの頭を撫で回した。マホロアは困ったように俯いて空のコップを握りしめていた。そして、ボクの手が両耳に差し掛かるといよいよ恥ずかしそうな顔をして、目を閉じ身を固くした。小刻みに震えながら、ふうふうと浅い息を吐いている。
「クラマホ、ソノ……、耳は、ヤメテ……」
「ゴメンゴメン、反応が可愛いカラ、つい」
 ボクは一旦手を止め、マホロアのベッドの上に乗る。マホロアは明らかに焦っていた。あと一押しかなと思考を巡らすボクを、マホロアは息を整えながら訝しがるような目つきでジッと見ていた。
「……、キミ、何企んデルノ……?」
「マホロアこそ、ボクに言ってないコトあるダロウ?」
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 マホロアは言葉に詰まって黙り込んだ。思い当たるところはきちんとあるらしい。それが分かれば十分だ。
「端的ニ言うとネ、あのハーブティーには媚薬効果があるんダ」
「び、やく?」
「ドロシアが茶葉を持ってきてくれたカラ、さっき、ローアに分析シテもらったんダ。ダカラ、キミの今の風邪ミタイニぼうっとした感覚は、あのハーブティーが原因なんだヨ」
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「……少し心配だったんダ、ボク、お茶飲んでカラ凄くモヤモヤしちゃッテ、その……変なのカナって、思っテ」
「そんなに不安がるコトでもナイと思うケド……ハルカンドラはやたら規制が厳しかったカラ仕方ないカナァ」
 それでね、とボクは言葉を続ける。
「この媚薬の効果ハ、だいたい半日くらいなんダッテ。それに湯出しダカラ、効果は少し弱まってルと思うヨ。多分一晩我慢しタラ、キミの不調も治ル。デモ一晩中我慢し続けるヨリハ、イイ方法があると思うんダ。それから――」
 ボクはもう一度マホロアの頭を撫でた。
「ソノ方法で、キミの不眠も良くなるとボクは踏んでるヨ」
「エッ……」
「確証はないけど多分……いや、この話はやめヨウ。不眠を直す方法は他にも候補があるシ。とにかく、ボクはキミの気持ちが知りたいんダヨ」
 マホロア、と呼んでその金の瞳をじっと見る。マホロアは頬に赤さを残したまま、恥ずかしそうに目を逸らす。はっきりと抵抗はしないけれど、さすがにそこまで素直ではないらしい。ボクは机の上のマグカップを引き寄せると、マホロアにコップを渡すよう促した。
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「これ、もしかシテ……」
「無理強いはしないヨォ。嫌ならコップを返してくれればイイカラ」
 きっと時間がかかるだろうと思って、ボクはわざとマホロアと違う方を向く。正直なところを言えばボクだって我慢するのはあまり得意ではない。それでも、一緒に住んでいる以上、変にこじれさせたくもなかった。というのは実は建前だったりして、本当のところは。
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 マホロアに呼ばれて振り向くと、空になったコップが差し出されていた。マホロアからの返答はボクが考えていたよりも早かった。杞憂でよかったと安堵の息を吐くと、ボクは首巻の金具を緩める。そして一息にマグカップの中身を流し込んだ。マホロアから空になったコップを受け取り、マグカップと一緒に机の上に戻す。
 そして、ボクはマホロアの隣に身体を寄せた。微かに甘い香りが漂う。
ベッドが小さく軋んで音を立てた。

◇◆◇

 すっかり手狭になったベッドの上に、遅い朝が訪れた。夏向きのブランケットの中で体を少しだけ伸ばす。隣で眠るマホロアはまだしばらく起きる気配がない。昨晩、あれだけのことを――結局何回になったのだろうか――したのだから、そうそう起きだせないのは当然のことだ。ボクは、自分で思っていたよりもマホロアに受け入れられていた。それがとても嬉しくて、つい調子に乗ってしまった部分があるのは否めない。でも、マホロアの望まないようなことはしていない、ハズ。少し自信が無いのが情けないところだ。
 健やかな寝息を立てる柔らかで小さな体を眺めながら、マホロアはこれからどんどん成体、大人に近づくのだろうと思う。ボクらのような生物種には、幼いころは性別が無い。成長するに従って性を獲得していくのだが、ハルカンドラではそれを薬によってコントロールしていた。本来なら自然に始まり、他者との関係の中で促進されるハズの性獲得だった。しかし、ハルカンドラ人は、自然から切り離された生活を送るうちに性別すらも自力では獲得できなくなっていた。それなのに、ポップスターで暮らし始めて、マホロアは不眠を訴え始めた。
(それがこの星の不思議なトコロなんだよナァ)
 この星では薬に頼らずとも性獲得が始まったのだ。それに伴う「腹から背中へのむず痒さ」がマホロアの不眠の原因だった。薬を飲むまで性獲得は始まらないと思っていたから、マホロアは自分の体の変化に気が付かなかったのだろう。
 だけど、原因が分かってしまえば解決は簡単だ。他者と関係を持ってしまえばいい。ボクと関係を持ったことで性獲得が促進されれば、例のむず痒さも内場になるはずだ。
 マホロアは眠れないと言いつつもボクのいる時にはよく眠れていた、その理由もこのあたりにあるんじゃなかろうか。確証はないけれど。なんにせよ、マホロアはこの先、不眠に悩まされることはないだろう。また眠れなくなったら、ボクと一緒に寝ればいい。
 不眠が性獲得由来かもしれない、と疑い始めてからずっと燻っていた心配事が、ボクの中ですうっと薄くなった。
(他の誰かとの関係ナンテ、想像もしたくないもの、ネェ?)
 ボクはもう一度ブランケットに潜り込み、そっとマホロアの背に手を回した。
もうしばらくこのままでいよう。起きたら一緒にシャワーを浴びて、そしたらいつものようにコーヒーを淹れよう。マホロアは甘めのココアが良いよね? いつものように、キミの料理で朝ごはんにしよう――もしかしたら昼か、夜かもしれないけれど。いつでも、ボクの日常にはキミがいる。その日常に、少しだけ変化が加わる。変化といっても、ボクたちの穏やかな日常に、たまに長い夜がやってくる。ただ、それだけのことだ。

 夏の夜は未だ、明けない。
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